新年あけましておめでとうございます。

JUGEMテーマ:難病に立ち向かえ!

 あいだがあいてしまいましたが、何とかいつも通りに暮らしています。

セレジストも、10月から再開した。

…少し担当医と言い合いした。

  私「これしかすがるものがないのに」

  医師「でも、私が甲状腺内科医から受けた報告では、腫瘍の肥大を避けるために中止すべきと」

  私「そこは甲状腺の先生と私がお会いした時クリアしたはずですが」

  医師「何もそこは報告ないですよ」…「おっとここに書いてあった…」

 

 

甲状腺内科医の診察があったのは、二か月前。この先生方は、何を見てるんだ‥しかし、この日のこの診察は、若い方の先生。頼りなさげだが、奥の診察室で、認知症と思われる患者さんに「どっちがいいんですか」と大声で話しているえらい先生よりましな気がしてる、まあ他の患者さんの診断事情は私が言うことじゃないけど。

 

 ”若い先生”に、「私は孤発性だと思っている、その根拠を、前の主治医から聞いているから。遺伝子検査をするべきだったと今は思っている」と話すと、J−CATへの登録を勧められた。

12月、”若い先生”にIDとパスワードを渡した。今月末、血液採取があるかもしれない。

 

 今回の年末年始は、家族そろって東京で過ごした。私は12/27高速バスで。上の子は神奈川から電車で、下の子と夫が暮らす「東京の家」へ。おかげで、普通に年末のかまぼこを買い求めるスーパーの行列にも並んだし、初めて電子レンジを使って茶わん蒸しも作った。高円寺の古着屋に家族で出かけて、上の子に服と下の子にかばんを「お年玉」として買った。

 

 私が病気と分かるまでは、夫はこんな買い物に付き合う人ではなかった。「まだ待たせるつもりか」とイライラして怒り出し、何も見ずに帰る、みたいな。でも、今年は、この限りある時間を家族で大事に過ごした。

 

 

 お願い、ずっとこうしてお正月ぐらい一緒に過ごさせてください。初詣は西新井太師。上の子が生まれてから買った車の「お祓い・安全祈願」も、ここでしたのだった。

 テキやが並ぶ中、ケバブロールとたこ焼きみたいに味付けした揚げもちとべビーカステラを食べた。おみくじは大吉だった。

 

 文化財監視員の仕事始めが1/5だったので、1/4にはまた高速バスを使って家に戻った。都内でも、バス内でも、DQWしながらね。

また、行かなくちゃ。

nishiaraitaisi

いい天気だった。一昨年上の子と来た時にお参りした、延命水洗地蔵にも行った。あの時はあちこち工事中だった境内も、すっかり整っていて、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、複視と眼振が進んでいることを感じる。それと、右手の指の鈍さも進んでいる。怖くなって、リハビリボールをころころやりすぎて、一昨日まで腱鞘炎気味だった。

12月にリハビリ科で右足の不調を訴えたところ、私の歩きをチェックしたリハビリ科の医師は、「これは進行じゃなくて、体のバランスの問題だね」と言っていた。

DQWとお散歩するとき、意識して姿勢を良くしたり、小走りを取り入れたら、右足の不調は軽減した。だが、調子よく歩こうとしているとき、何度か突っ張ったり、逆にカクっと膝が抜けることが出てきた。でも、悪あがきする。私は、家族の、何もできなくてもいるだけでいい「お守り」になりたい。

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セレジスト、次回は処方してもらうぞ、絶対に

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 実は、セレジストを飲んでいない。前回の診察の後、処方してもらえなかったのだ。甲状腺内科から、セレジストの服用は、私の良性と思われる甲状腺腫瘍の肥大化を招くとの所見があった。それを証明するため、前々回一度セレジスト止めて血液検査しましょうということになった。これは、甲状腺内科の判断である。それを神経内科の若い医師に伝え、セレジスト以外のトコフェロール(ビタミンE)とトヨファロール(ビタミンD)のみの処方となった。

 

 前回、甲状腺内科、甲状腺外科の診察で、腫瘍が肥大化するようなら切除してでもセレジストを飲みたい意思を伝え、神経内科でもそういった話をしたつもりだった。今回話したのは、新しく神経内科のトップとなった医師。初めて会ったときに、遺伝性だから寿命には影響しないし、あなたの親が隠しているんだと言い放った医師である。その時の診断も、入院中に“教授”が書いたものを全部そのまま読んで終わった。反射も見ない、足継ぎ歩きも、眼球運動のチェックも、一度もしたことはない。そもそも、”教授”の書いたカルテだが、“名医”が、家族歴から見て多系統萎縮症であると診断したのを受けて、“検査の結果症状が出ていないのなら、CCAまたはSCA6と書くべき”とおっしゃってそういうカルテが出来上がったのだ。多系統じゃないというのでもないし、SCA6だというのでもない。まだ診断をはっきり書けない状態だということであった。

 

それを、”遺伝性だから寿命には影響しないし、あなたの親が隠しているんだ”

!!!

この医師は専門家ではないのだろう。

 

 ところが、薬局で薬剤師さんが、「前回お客様がおっしゃっていたお話と違いますね(メモでも取っておいてくれたのかな、覚えててくれた)セレジスト再開されてません」おかしいな?「先生に電話して確認しますね」

しばらくして、薬剤師さんが、「前と同じでって繰り返すだけで、前処方してないならそれでって」

前回診察の後何かと物入りだったので、そのままになった。

 

 これしかすがるものがないのだと、甲状腺内科、甲状腺外科の医師には伝えてわかってもらえた。

だが、当の神経内科の医師がわかってくれない。信頼することが出来ない。

 

だが、次回10月8日の診療で、強く言ってセレジスト再開してもらう。

若い方のお医者さんの方がいい。ちゃんと聞いてくれるから。

 

 それにしても、前の先生方はどうしてみんないなくなってしまわれたのだろう。大学病院というところは、こんな目に見えない、患者主体じゃないものが確かにあるよなと思った。困りますよ本当に…。

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ユザワヤにて購入

ユザワヤで買った、ダイヤレイナ9603番。明るい日光の下で見るともっときれいです。とても軽いのに編みやすい。ベレー帽を編んで、実家の母に持っていこうと思う。白髪にきれいに映えそうだ。ヤーンボウルにしているのは、タピオカミルクティーの空ボトル。ユザワヤに行く途中、あちこち歩きまわってのどが渇いて飛び込みで入った店のもの。残念ながらタピオカが固まってた。でも、空ボトルはこうして活用してます。

いつもの日常でいいから

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 ずっとずっとここに書きたいことがありすぎて、どんどん頭の中に文章がたまっていくなーなんて思ってました。一番に感じていたのは、なんでこんなに毎日毎日リハビリしながらもじわじわとKURE556みたいなスプレー潤滑油したくなる体になっていくのかを嘆く内容。そんな日常を一人で背負うのが苦しいときがある。

 

 でも、日常に戻りたくなるようなことが昨日起きた。

 

 車で事故を起こしてしまいました。

仕事を終えてパン屋に寄って家に帰りついてから、「あ、今日夏糸セールしてた手芸屋さんによるはずだったわ」と思い出して、「このところ土日も全然休みとってないなあ」「疲れがたまってるなあ」「明日にしようかなあ」と思いながらお店に向かってしまい、事故を起こしたのだった。夕方の渋滞で、非常に見通しが悪かった。それでも、視界が開けるまで待てばよかったのに…

幸い、スピードがお互い出ていなかったことと、相手の方がブレーキを踏んでいたことで、けが人もなく、私の車はカッコ悪く傷がついたしバンパー治さなくちゃだめでも走れた。だが、、相手の方の車はちょっと走るとゴロゴロいうんでレッカーとなった。100%私が悪い。

相手の方が、とてもいい方だった。「お互いけがもなかったんだし」と言ってくださった。私の車が走れたので、事故車のレッカー移動の後、おうちまでお送りした。本当に申し訳が立たない。夢だったらと何度も思った。

今朝起きたら、夢じゃなかった。反省しかない。仕方ないけど、日常を取り戻そうとベッドでリハビリをいつものようにした。10月からまた、農業施設のアルバイトが始まる。車で40分、毎日通う。出来るのか…正直嫌になった…自己嫌悪ハンパない。苦しい。

 

 いつもの日常でいいから、戻りたい。

 

 先日、また東京で、今回は夫も入れて家族全員ですぎやまこういち先生指揮・東京都交響楽団演奏の「ドラクエ・シンフォニックコンサート in SaLad ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて」に行ってきた。上の子どもは、やはり実家を出たいと言い出して、このコンサートの後、居所の住所を書き残して旅に出て行った。

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20190919孤独な心がゲームに向かう気持ちは理解できなくもない。実は、子どもらが「容量食うし、お子様向け。つまらない」と言って既にやっていないドラクエウォークを、リハビリウォーキング用として使っている。片耳イヤホンして、もちろん実際に歩く時だけ使っている。要は、毎日たいして進まない。それでもなんだか使ってる。手芸屋さんが歩ける距離なら、これで歩いたんだけど‥後悔先に立たず。明日も仕事。ずっと仕事…
 

甲状腺腫瘍は良性だし…からの、セレジスト再開

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 7/10神経内科受診、7/16代謝内科受診。セレジストを6日間服用せずに行った血液検査によって、TSH値が正常に戻ることが確認され、セレジストがTSH値に影響を与えることは明らかとなった。それはそうでしょう。さて、腫瘍は「このせいでセレジストを飲むのを辞めなければならないというのなら、取ります」と、神経内科にも、代謝内科にも返答した。

 

 代謝内科からの紹介で、/29大学病院の甲状腺外科に行ってきた。いよいよ甲状腺切除への診断に入る。しかし、外科の先生は、「腫瘍は柔らかいし、気管を押していたとしても、影響は顕著ではない。薬の影響を懸念するなら、今腫瘍化している左側だけでなく、甲状腺をすべて取る話になるんだけど、それは必要ないのではないかな…」

 診察の後、エコーで状態を確かめられた後、「私の診断では切除の必要はないと思う。神経内科に、セレジストのことも確認して、カンファしておきます」代謝内科はすっ飛ばされたのかな?いや、神経内科から報告受けるのかな…むしろ、甲状腺外科と代謝内科とは信頼関係があるからカンファは簡単で済むと思ってるのかも。大学病院の中ってよくわからないが、神経内科の担当医は誰?とも聞かれ、五月から総入れ替えになったから、私の担当医が誰がすることになったかはわかりませんと答えたら、そうだったねとおっしゃっていた。とにかく、現状維持ということ。先行き不安な私ではあるが、ま、いっかー

 

 長々と涼みながら待っていた待合室で、別の患者さんが、ここの先生は、私取りたいんです取ってくださいって強く言わないと、取ってくれないよと言っていた。何を取ろうとしている話なのか全く分からなかったが、過剰診療をしないように慎重な医師なのだろう。なんか信頼していい気がした。ここまで来るのに、CT取ったり、何度も通ったり、結構気をもんだしお金も使いましたけどね。

 

 来院して、この診察を受けるまで、13:10〜16:50この間、診察待ちのほかエコーの順番待ちも含まれる。何度も看護師さんが、お待たせしてすみませんと声掛けしてくれたが、ぜーんぜん!!大丈夫ですよ!だって、外は30℃超え、車に乗ってもまず熱風浴びなきゃ走りだせない、でも病院内は快適。編み物したり、居眠りしたり、うわあこんなに贅沢な時間ってないです。

 モバイル編みは、セリアやダイソーのジッパー付きのブリーフケースみたいなやつに針と糸を入れて持ち歩く。

 しかし、ゴミ屋敷の我が家で編むとき、糸が転がってほこりが付くの嫌だなって思うので、ヤーンボウルとかあるといいんだあよなって思ってた。去年ユザワヤで買ってしまった夏糸があったが、中から糸はしを取ろうにも、台紙の筒が厚ぼったくて取れない。そこで、頭の中で前から出来んじゃね?と思っていたアイデア実行

 

 

 


 

 

 いつも買ってる、このダビング用のDVDですが、この前100枚PACKはじめて買ったとき、これ使えるぞと思った。そこで、このやり方です。いい!数枚残ってるDVDがいい感じの重りになってる(冬糸使う時はさすがにディスクに埃着くので使えなくなったやつを重りにしようと思ってますけど)。きっともう同じことしてる人いっぱいいるに違いないって気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今週からセレジスト再開した。でも、あんなに固執したセレジストなのに、ここ数日に関して言えば、特に体調に変化はない。夏場だからかも。だるいのは暑さのせいだし、冬場みたいな「動けない?」みたいなモヤっとはない。ただ、セレジスト飲んでても飲んでなくても、同じ姿勢を長時間した後の体のこわばりや動き出しの痛みは去年よりもひどくなってる。病気のせい?加齢?朝のリハビリストレッチを暑さでさぼってるから?

 

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ちょっとうろたえたけど

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 昨年末、入院して、はれてセレジストを処方されたわけだが、入院前から私はある問題を抱えている。

 左の甲状腺に、15年来の腫瘍を持っているのだ。一応、穿刺検査も定期的に個人病院でしてもらっていて(もう5年以上してないけど、たぶん)良性である。ずっと、経過観察だった。

 入院中、甲状腺の受診を個人病院から同じ大学病院に移してもらった。血液検査で、セレジスト処方前の状態の甲状腺ホルモン値は正常であった。しかし、代謝内科の先生は、「大きいな…腫瘍の大きさが、エコー計測できない」「今後、セレジスト服用を始めるにあたっての影響は、うーん…調べるしかない」

 というわけで、6/18外来にて、CTと血液検査で、甲状腺の検査をした。

 左甲状腺の石灰化が進んでいる。その中に、柔らかい良性腫瘍が内包されている。いずれも脊髄小脳変性症やセレジストの影響ではない。そこまでは、個人病院で、一時、甲状腺機能低下症になった時からずっと聞いている話である。

 CTで計測した結果、検査で、「気管を押しており、気管の変形が見られます」との事。

手術をするのが嫌だ、と伝えた。このままでも、何も今不自由はない。機能低下症も、今では症状も出ていない。年齢的に、放置しておいて済まされるものならそうしたい、と。

手術の影響で、脊髄小脳変性症が、加速して進行してしまうのが怖いのです、とも…。

 

「うーん…ご心配していたセレジストの影響の件ですが…今後はあると思います。血液検査の結果ではそうなっています。神経内科からの申し送りで、このような場合中止してもよい薬だということなので、…」

次回、神経内科の診察の時までセレジストを服用し、その日から1週間服用をやめて血液検査をすることになった。

 

 

 セレジストは、クオリティ・オブ・ライフを上げるための薬と理解している。本来の治療薬とは違うのだと分かっている。でも、これしかすがるものがないのに、止めるっていうのは…落ち込んでしまう。

 

 甲状腺、手術で取るとしたら、正常に働いている右もとるのかな。個人病院では、取るときは全部取るって言われた。だから今まで取らずに来た。でも、先の事考えたら、取るべきなのかもしれない。そして、取るなら今しかないのかもしれない。

 

 前向きなことが考えられなくて、ぼーっと過ごしてしまった。手の動きが悪くなってきて、つまみ細工を作っていても、ピンセットを落としたりしている。

 

 

 この診察の前の日6/17リハビリ科を訪れた。この病院のリハビリ科は、本来、長期の管理などは受けていない。だが、前回、ちょっと「モンスター患者」になって、半年に一回でいいから運動機能のチェックをしてほしいと申し出た。リハビリ科の方では、神経内科の外来でやるだろうに、と思ったことだろう。果たして、新しい神経内科の主治医は前回外来で運動機能には全く触れなかったので、なんか、予約しておいてよかった。

指鼻試験、足継ぎ歩き、片足立ちのほかに、10秒間に、何回グーとパーを繰り返せるかを左右の手で確認された。右手の鈍さが進んでいる。最近、左手も少し動かしにくくなり始めている。手が動かなくなってきたことで、不安が増している、そこに、甲状腺腫瘍の問題が来た。

 

 今日は庭の満天星(ドウダンツツジ)の剪定をした。剪定鋏は、いつもの片手で使うタイプの、ペリカンみたいなハサミ。こういうのはまだ全然できるんだよね。まだもう少しは出来ることがあるんだよ…いや、まだ、戦えます。戦います。今から、習慣づけて、当たり前にしておこう。ほんの瞬きだって、出来るうちは出来ることがあるって思おうって…なんか、これ書いてるうちに、そんな”戦う”でもなく、ひょっとしてたいしたことでもないのかもって思えてきた。「案ずるより、産むがやすし」なのかも。お医者さんと、よく話し合っていこう。今気を揉んだって、しょうがない。

 

いつの日か、治療が可能になりますように!七夕まであと16日。短冊とセレジスト、なら、セレジストとるんだけど。

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 夫が植えたシラン。夕方見ると本当にいい色だ。自生しているシランを夕暮れの中で見たらきっと感動しちゃうな。

新しい主治医

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 新しい先生は、優しい女の先生ですよ、と名医は別れ際に言っていた。10連休明けに病院を訪れると、とんでもない混みようだった。神経内科は元々名医の診察を受けるため近県からの患者さんも多く、予約しても1.5時間待ちは当たり前だったので、まあこうなるよねぐらいの感覚で、さほど気にはしていなかった。でも、受付と、新しい外来担当の医師たちは、パニックだったかもしれない。

 受付番号をもらった後、「10番か、23番のどちらかで呼びます」という初めてのパターン。どちらかって…入口別々の廊下にあるんですけど…仕方がないので、どちらでアナウンスされても聞こえる、受付の真ん前に座って、いつものように、モバイル編み物をすることにした。

 去年の今頃編みかけにして放置した、トウソックスだ。すぐ編めるさと思って、思いつきで片足だけ編んだ挙句放置、編み図も残していない。結局ほどいた。

老眼鏡をかけているせいか、長時間編み続けられなくなった。目が疲れる。眼鏡を取って、天井近くに設置されたテレビを見たり(字幕放送にしてあり、音はない)、マンウォッチングをしたり。数年前なら、こんな時間は、次に編みたいものの編み図や、ビーズアクセサリーのデザインとかを書く時間だった。今は、自分の字を見るのがちょっと辛い。ちゃんと書ける日もあるが。スマホ見てれば時間はつぶれるけど、目は疲れる。近くにいる人たちの会話が耳に入る。やはり遠方から来ているようだ。第一内科、第二内科、第三内科、神経内科これが、同じフロアとそれぞれの診察室の前の廊下で診察を待っている。

どんな先生なんだろう、聞きたいこともあるし…筋肉痛のこと。

 

 ぼーっと聞いていると、ほかの患者さんたちも、今日は口々に混んでるね、という。他の内科のいつもの待ち時間は知らないが、1時間半待ちも2時間待ちも私には変わらない。

 

 しかし、やっと呼ばれて診察室とあいなったが、前の“名医”のように、反射の確認や、足継ぎ歩き・眼球の動きなどの運動能力の確認など、何もなかった。男性の医師だった。にこやかだったが、腑に落ちなかった。

「画像でみると、SCA6ですかね、遺伝子検査は、民間に依頼して出来るんですけどね‥‥」早口だ。家族歴に全く見当たらないというと、「昔はみんな早死にだからね」うちは父方も母方も多産系でみんな長生きだと伝え、構音障害のあるものはなく、年取ってもみんなしっかり歩いていると伝えた。ただ、赤ちゃんの時に結核でなくなった叔父がいると言うと、「じゃそれだ」…

 …多系統萎縮症かと思っていました、というと、違うでしょ、とのお答え。「遺伝があることを、隠しているんですよ」正月、親戚ほとんどに会ってきた。隠してなんかないでしょ。父方も母方も、親戚の叔父叔母たちは、70代80代で、矍鑠として、(よせばいいのに)運転もしてます。実はほかに、いろいろそれぞれの家で、遺伝が関係するほかの疾患を持っている人もいるのだが、隠してないし。

 「SCA6は、寿命は長いですから」そうなのかな…

 筋肉の痛みは、今の私の脊髄小脳変性症とは関連性はないという。

なんだか、相談しにくいし、これは自分がしっかりしていくしかない。遺伝子検査は入院中にやはり受けておくべきだった。

 まだ、第一回目だ。これから、この医師とのコミュニケーションを築いていかねばなるまい。

 看護師さんが、前と同じ人だった。私のことをよく覚えてくれていた。まっすぐにみて、うなずいてくれた。医師にというより、この看護師さんに会えたことが今回の安心材料だった。

 

※先の入院で教えてもらった構音障害リハビリを、権利などの問題上ここに公開することはどうなのかなと思っていたが、すみません、書きます。構音リハビリの先生、問題ありますか…でも、情報があまりにもないので、漏洩させてください。

 

3音からなる、意味のない言葉を、メトロノームに合わせて発音する。下記から、4個か5個選んで、毎日気分を変えてやるようにしている。

 

ぱたか    がだら    ぱぺぽ

せるひ    こもと    られろ

たから    びざぶ    びばぶ

ふさひ    ぽころ    てれか

またか    がげご

ぜれび    だでど

 

まずリズムについてくることを優先する。病気の種類によって、いいにくい言葉は違う。知り合いのMSの人と私では、もたつく言葉が違う。

 メトロノーム(スマホアプリ)は、125ぐらいにしている。一拍で、一語(3音)発音。同じ言葉を、10回繰り返す。(だでど だでど だでど だでど だでど だでど だでど だでど だでど だでど・・・・というように。)

「がげご」の「が」は、日本語の「が」ではなく、力を入れて「GA」と発音すると少しリズムについていける、というように、自分なりの言いやすい工夫をしながら発音する。

 

 メトロノームがあってもなくても、車の中とかで、思い出した音だけやっている。昨日の朝やっていたものの効果が、今日出ているみたいな感じがする。今日やらないと、明日きっとしゃべりにくい。…と思ってやってる。実際、そんな感覚。

この練習が、ほんとに難しいが、口のトレーニングになっている。

 色々やってても、構音障害って、出るときゃ出るよね。入院前は「しゃべれない」って本当に落ち込んだが、もう慣れた、しゃべれない時間が長くなってきたってことに。時々しゃべれないからしゃべるのやめようとか思ってしまうが、いやいや、しゃべりにくくてもしゃべろうっと。リハビリ、リハビリ・・・

 

 入院中にフェリシモのつまみ細工作り始めて、退院後1月に1セット作ったが、その別色バージョンまた作り始めた。(入院中、院内ではあんまり刃物もピンセットもよくない感じだったので、ほぼ、ちりめんに切り取り線書いて終わってたけど、今回はそこは1日でできた。)

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今日は考え事が止まらない、無言気味

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 いろいろ、ここに書きたいことが日々溢れているが、なかなかPCに向かえないでいる。連日いい天気なので、朝、コンビニの小さなレジ袋一杯だけ、夫が大切にしている庭の草取りをするのだが、この後なんだか疲れてぼーっと暮らしてしまう。そのあと、BSで「マスケティアーズ パリの四銃士 2」を見て、4月から専門学校に入りなおした上の子供を迎えに行ったりいかなかったり…まあ合間に家事はしているのだが、こんなにもテレビの前が好きだったことが人生にあるのか、と自分に呆れてしまう。というか、なんだか何かにとらわれていて動けない。何かとは、「どうせ、…」で始まる色んなことだ。

それともう一つ、動くと、何でもないところに筋肉痛が起こるようになった。このことは、先日病院でも尋ねてみたのだが、病気とは関係ないという。そのことは、後で別記事に残そう。

 

 先日、夜テレビをつけたら、「彼女は安楽死を選んだ」を、途中から見ることとなった。すぐに、私が診断された後参考にさせて頂いていたブロガーさんと分かった。同病のほかの方がどうされているのか知りたくて、ただの通りすがりで拝見していたブログと、内容が似てる箇所がいくつかあったから。

心が号泣した。

自分らしくいたいという気持ち。苦しいが、共感する。

他のものと比べるのは聊爾ですが、オードリー・ヘプバーン「ティファニーで朝食を」や、韓国ドラマ「その女か恐ろしい」「主君の太陽」を見たときと同じような気持ちになった。自分らしくありたいだけなのよ、とつぶやく主人公たちのひとりになられてしまったような気がして…

 

…昨日、再放送も録画して拝見しました。

私自身は、悪あがきを最後までしなければと思っています。子どもたちが、私を神社のお守りみたいに思っているところがあるし、いつか、ほんとに迷惑だと思われたとしても、それを理由に安楽死が存在してはならないと思うので。「どうせ、私なんて…」と自死を選びたくなる日が来るかもしれない。でも、私は、しない。それは、昔「死んでしまいたい、今日こそ死のう」と、十代のころ2年近くも思い詰めてしまったことがあり、もう自分で死ぬことを考えることに疲れてしまっているから。

 

これだけ動揺し悲しみが深くなる、この病の治癒に、希望の明かりが欲しい。この病気の患者に、意思疎通と自己表現の手段が欲しい。進行にかかわりなく‥。あなた様の書かれたブログ、参考にさせて頂いていました。ご家族の皆様のご心情、いかばかりかとお察しいたします。ご冥福をお祈りいたします。

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少し前の写真だが、本当は毎年もっと深い色で咲くアジュガ。晴続きで疲れ気味かな。もう、花はなくなってます。キンポウゲはまだ黄色くかわいく咲いてる。

 

 

 

歩く仕事

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 4月に、統一地方選挙があったが、バイトで、その広報配布を手伝わないかという話が舞い込んだ。

毎年、4月は、臨時や、少なめのシフトで入れられるような、緩いバイトしか入れていないのだが、今年は農業施設のバイトが平日全部に入っていた。例の「働き方改革」のせいで、長く勤めている人たちが一斉に休みを取った影響で、いつもは3月上ったら秋まで仕事の無い私にもヘルプが来たのだ。

 

 この公報の配布バイトは、もうずいぶん前から選挙や臨時広報のたびに受けてきた。このぐらいだったら、”歩き”の仕事は楽しい、と思ったものだ。3万歩以上歩いたこともある。いつもなら、二つ返事だ。しかし、今回は、ちょっと渋った。配布は3/31日曜でということだったので、日程には問題がないが、冬の間、車ばかり使っていて、しばらく歩いていない。自信がない。去年の9月3日、防災ハンドブックの配布をやって以来だ。1万6千歩ぐらい歩いているはずだ。3日後、神経難病と診断された。

 

 「一緒に、一人分を、半分ずつやりましょう」誘ってくれたのは、いつも選挙公報に配布の時に一緒に働くKさん。彼女も、ここ数年で事情が変わって長い距離歩けなくなった人。以前は二人でどこまでも頑張ったのに…Kさんは、私の2倍歩いていたと思う。彼女とまた働きたくて、OKした。

 

 しかし、9月に1万6千歩、歩けていたはずなのに、1万歩にも満たず、足が疲れて持ち上がらなくなってきた。配布が終わった時、万歩計は9千歩台だった。腿の付け根の関節と、ひざと、腿の筋肉全体が痛む。寒かったせいだろうか。

 関節なのか、筋肉なのか、どこが悪いのかわからなかったが、とにかく翌日から1か月、片足を引きずりながら、農業施設で働いた・

 

 この右足、不思議なことに、「歩く」以外のことは全部できた。朝のリハビリ体操は、ベッドの上であおむけ・うつぶせ・ひざ立てでの曲げ伸ばしが主だ。自転車にも乗れていたし、この時は階段も大丈夫だった。右足だけ、数センチ縮んだように感じられた。

土日を利用して温泉にも行った。2週間ほどたって、やっと「良くなるのかも」と思えてきた。腿の付け根の痛みが消えた後、さらに2週間ほどで、ひざの痛みも消えてきた。しかし、治るのに時間がかかりすぎる…しかも、関節が痛いような感じでもない。

 

 運動不足なのだと思い、近所のスーパーに行くときは、歩くことにした。病院でのリハビリ室で、作業療法士さんは、相手がスポーツ選手だと、ちょっと厳しい号令をかける。「あげるっ…あげるっ…も少しっ…」私は優しく指導されていたが、隣のバスケ選手はとても頑張っていた。あの、愛のこもった美声を思い出して、心の中で、「かかとから親指に抜けますよ。はい!かかと!かかと!」と自分に号令を出しながら歩いた。多分、スーパーに行ってから帰ってくるまで、7千歩ぐらい。

 

 ところが、夫が家にいた連休も去り、“緩いシフトのバイト”が入っていない日に4,5回歩いただけで、どうも足がよく動かなくなってしまった。状態としては、この暖かいのに、「厳寒の日に、スカートで、温かいタイツでもなくずっと外にいた日の夕方」みたいな傷み方。神経痛かな?っていう感じ。ひざ関節でもなく、股関節でもなく、筋肉痛でもない。

 

 入院した12月ぐらいから、ときどき、足のあちこちと手の指に、「キリッ」「ピリッ」って感じの、短い痛みが起こることがあった。

 そういえば、私はもうかなり腱反射がないのだった。

 

 明日、大学病院に行く日だ。何と言って聞けばいいのかわからない‥‥

 

 実は、5月の後半、もう一度広報配布に行く約束をしている。

 これが「歩く仕事」の最後になると思う。

 でも、どうすれば長く歩けるのか、可能性も探しに行ってみようと思う。ダメもとで。

 

 もう夜も遅いけど、少しだけ、ウォーキングしてこようと思う。

 

 

 

夫が大切にしている、日陰でも頑張って毎年花をつける藤。お見事!これぞ藤さがり
夫が大切にしている、日陰でも頑張って咲く藤

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3年以上何でもないと言われ続けためまいと構音障害に答えをくれた”名医の先生”m(_ _)m

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 退院して、4か月少しが過ぎた。

 農業施設のアルバイトに、3〜4月の2か月間ということで、毎朝、車で30分かけて通勤した。平日、フルタイム。うれしいことに、自転車も乗れた。転ばないよう、注意しながら。  

 

  朝起きると、入院中に作業療法の先生が作ってくれたメニュー10項目に自分で種類足したもののうち4,5種類かあるいは回数を半分にして全種類ベッドの上でささっと行い、急いで弁当を作って、朝ご飯はつまみ食い程度で。

   セレジストは出勤後、職場で飲んでいる。アルバイトの先輩・同僚メンバーには、病気のことは告知済み。とにかく構音障害が…仕事でしゃべる量が増えると疲れてしまうせいだろうか、かなりひどい。「リハビリ、もっとちゃんとやった方がいいんじゃないの」と言ってもらえる人のいる環境、私の財産である。こうだから務め続けられた。

 

 3/20退院してから2度目の通院日。大学病院へ。変わりはないですか、という、”名医”の問いに、はいと答える。「ただ、構音障害が…」説明すると、「そうでしょうね」 流れるようなルーティーン化した質問…なんだか、細かな不安については、気持ちに蓋をして告げなかった。やはり、ちょっとずつ筋肉が固まっている気がするとか…筋肉痛の直りが極端に悪いとか。どうせ、自主トレ的な、自己責任的な?または加齢?聞いてどうするよ?…って気持ちと、ちっちゃいことは気にしませんっていう虚勢?この場に及んでも、私ってこんななのね、と、ぼーっと考えていた。この先生は、問診だけじゃなく、実際に体の動き方を細かにみてくれているとわかっているので、信頼しているっていうこともあるし。  

 

 名医が、「大変申し訳ないのですが」と言い出した。

教授、名医、入院時の主治医、全員が、この病院から去るのだという。教授が定年で退官される。名医は、元居た病院に戻るのだという。新しい教授のチームと置き換わるので、入院時の主治医も去るのだという。

(えーっ)と思ったが、名医の先生の事は、とにかく信頼していたので、終わりに、もちろん、お礼を言った。ちゃんと画像と根拠を示して、「多系統萎縮症である」と診断してくださった先生。十字サインがまだ薄く、脳幹がギリギリ正常幅で、睡眠時無呼吸検査はギリギリ異常だったが元々ある甲状腺の良性腫瘍の影響だろうという入院時の複数の医師の診断のせいで、「グレーゾーン」的に「脊髄小脳変性症(多系統 萎縮症を除く)」と診断書には書かれたが、名医が診断した時に私にしてくれた説明は、それなりに説得力があった。なにより、いい話ばかりしないで、そのまま説明してくださった。本当に、名医なのだ。連休明けて15日に、、新しい先生と対面する。 名医は、優しい先生ですよと言っていた。

 優しいのはいいことだが、…まあ、治らないのだから、とりあえず、色々と、QOLあげるための相談に乗ってくださることをお願いしたいです。
 

夫は俺の花だと言ってる
今年2月ごろの写真じゃなかったかな…咲くとうれしい、フクジュソウ。


 

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構音障害リハビリ

JUGEMテーマ:難病に立ち向かえ!

昨年2018/12/x

 入院してからとにかく、「前のようにしゃべれるようになりたいんです」と主治医にお願いしていた。構音障害リハビリの担当の先生と、やっと顔合わせが出来た。

 

 まず、どのぐらい声を出したままのでいれるのか時間を計った。中学時代合唱をしていたり、それなりに若いころはカラオケにも行ったりしていたのにびっくりするほど短かった。次に、「では、声を出さずに、si-と息をはいて同じように計ってみましょう」これは人並みに出来たようだ。そこで、これをしてくださいと言われたのは、「パタカラ体操」(調べたら、詳しいサイト発見https://jos-senior.com/blog/103214/

メトロノームを用意されて、少し早めで、言えても言えなくてもリズムに乗ることが大事のようだ。「たたたたた」と、「かかかかか」が、私にはとっても難しい。

 

 このほかに、「舌を上下左右に突き出しながら動かす」「頬を膨らませたり、口をすぼめて頬がへこんで唇がアヒル口になるまで吸い込む」体操を行った。(舌と頬の体操は、入院中毎日ベッドでやっていた。)

 

人にものを伝えるときには、伝わる速度でゆっくりでも確実にと言われた。(…でも、いつもの癖で、今でも早口だ。そして、何度も言い直してしまうことも。)

 

 同じ先生が、大脳の機能の検査もしてくれた。言葉についての説明やら、知能テストのようなものやらだ。大脳の機能には問題ないようだと言われた。

 

 不定期だが、先生が病院内におられる時には必ず構音障害リハビリをしてくれて、私も、体幹や手のリハビリ同様、次回は前より良くなりましたねと言われたくて、レントゲン室や他科の診察がある日は裏階段を利用して「パタカラパタカラ・・・・」とやり続けた。看護師さんが、「めまいがあるのに、無理しないで〜」といっていたが、この頃は、起き上がって少しすると眼振が収まっていたので、手すりや壁に手を付けて注意はしていたものの、なるべく階段を使った。(実は今、このころに比べて少し眼振を起こしている時間が長引くようになった。)

 

 パタカラと、「あえいうえおえお」それに早口言葉、谷川俊太郎の言葉遊びのような詩の音読、、と訓練は進んだ。退院が近づくと、先生は、「音読、カラオケは効果がありますよ、ぶくぶくうがい、ガラガラうがいともにうがいも効果があります」とアドバイスしてくれた。

 入院中、何度か外出許可をもらった。一度、入院直前まで通っていたバイト先に野暮用があって、手首に入院患者のタグを巻いたまま訪ねたのだが、そこで「驚いた、ずいぶんはっきりしゃべれるようになってるじゃないの」と、第三者からの明確な評価をもらえて効果を確信した。

 

 

下の子どもに株分けしてあげたグリーンネックレス。先週行ってみたら、花が咲いていた。ベランダにほったらかして忘れていたいたそうだが。
 

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